『さよならことばたち』の感想です。
先に結論を書くと、最期まで読みましたが、私には合わない作品でした。
思ったのは「これを読んでどんな感想を持ってほしかったのだろう…?」でした。
私が漫画からどんな情報を読み取り、結果、合わないと感じたか?を解説したいと思います。
さよならことばたち(草原うみ)
『さよならことばたち』は「ゲンロンひらめき☆マンガ教室 2017」の最優秀作品で、講義録『マンガ家になる!』に収録されています。全30ページの短編です。
作者のプロフィール
作者の草原うみさんは、群馬県出身の女性。
大学時代にマンガ史の講義を受講し、課題として提出するためはじめてマンガを描く。
趣味はミュージカル鑑賞と引っ越し。
●作者Twitter:@umikusahara
●作者tumblr:ひらめき
提出課題
第1回16ページ以内で、『マンガとは何か?』を証明するあなたなりのネームを提出してください→『光と色の窓』
第2回 「出会いの瞬間」未提出
第3回 「ないわー、でも漫画だし」→『兄弟心中』
第4回 「何も起こらない」→『終電の夜に』
第5回 悲劇~この夏一番泣ける物語ではなく→『トンボのソラ』
第6回 「キャラクターデザイン」未提出
第7回 「世界観」未提出
第8回 「男たち」→『虹とキャラバン』
第9回 「感触が伝わる漫画」→『幸福な肉体』
第10回 「昔話(自由課題)」→『ラプンツェルは、今日』
第11回 「ネットからの拡散を想定した読切」未提出
第12回 課題なし
第13回 最終課題→「さよならことばたち」
講評でも褒められてましたが、短期間でこれだけの作品を完成させているのは素晴らしいと思います。
講評の様子
本にも収録されていますが、YouTubeでも閲覧できます。3時間16分。
感想
サイトで初稿版が読めるので、こちらを読んでから感想を読んで欲しいです。
●「さよならことばたち」
***
感想を箇条書きで書くと
・表情が良い。
・ひかりが可愛い。瑞々しい。若々しい。
・最後まで読んだ時「これを読んで、私は何を感じれば良いんだ??」と思いました。
では、私がどんな風に漫画から情報を読みとったか、を解説していきます。
読んでる時は構造やモチーフの意味付けなど、意識していません。単純に読んで「面白かった!」で終わりです。
今回は説明の為に、作品の構成要素を分解してみました。
ちなみに、「私が正解だ!みんなこう読むからそれに合わせろ!」と言いたいのではなく、「こう読む人もいる」「読者が誤読したら損」と言うことを伝えたくて書きました。
基本の構造
視覚と感情
漫画は目で追って読みます。
草原さんの作品は、視覚的には満足度が高い仕上がりです。絵としても見応えがあるし、テンポも独特なものがある。読みやすくもあります。
視覚的な部分は本当によく出来ていて、眼福感が高い。これは強みだと思います。
一方で、漫画の影に隠れている、感情の部分はちぐはぐとしています。
表(漫画に描かれていること)だけでなく裏(漫画に描かれた事から想像すること、読み取れること)を読む力、埋める力が足りない気がしました。
物語の繰り返し
この物語は3回、近い行動を繰り返しています。
松永さんが野宮くんに本心(恋心)を伝えずに逃げる。
【2回目】
ひかりがユウちゃんに本心(謝罪)を伝えずに叫ぶ。
【3回目】
松永さんが野宮くんに本心(恋心)を伝えずに独白する。
対称性と非対称性
また、いくつかの対立軸(対称性)があります。
アットホームな研究室 | 人と人との距離が近い田舎
【人物】全くの別人
アラサーで疲れている松永さん | 中学生のひかり(若さ、幼さ、危うさ)
舞台について言うと、例えば引っ越し先が「人が多い都会」で「個々人が埋没している状況」だったら、また違った流れになると思います。
比較から感情が生まれる
3つの構造が近い物語、2つの軸を比較しながら情報を読み取ります。
物語としては、1回目より2回目、2回目より3回目の方がレイヤー(レベル)が上がった方が盛り上がりを感じ、面白く感じます。成長譚はパターンとして万人に受けやすく、分かりやすいです。
※絵を描く道具がペイントしてなくて…雑ですみません
1回目の行動
1回目の「逃げ」について、主人公は自分を肯定したいけれど肯定できていない。
なんとなくモヤモヤとした気持ちを抱えています。
2回目の行動
2回目は、人物が変わり、ひかりの行動です。
1回目とは違った行動で、「無言」が「大声で叫ぶ」へと変化しています。
ひかりはユウちゃんに謝りたかった。謝れなかったことに「後悔」の気持ちもある。
しかし、作中の書かれた事情を汲むと「伝えたくても本人には伝えられない」状況です。
でも黙っていられなくて、子どもの頃一緒に遊んだ秘密基地で「ユウちゃんに謝る」という代替行動を行う。
ひかりがやっていることは結局、1人相撲であり、自己満足で終わる行動です。「相手に言葉を伝える」ことは出来ていません。
でも、相手に謝罪を伝えないことへの言い訳は成り立っていますし、感情を含めても、ひかりの物語は筋が通っています。
3回目の行動
3回目は、松永さんの2回目の行動です。
松永さんは電話をかければ、野宮さんに本心を伝えることが出来る状況です。
過去に、自分の気持ちを伝えなかったことにモヤついていた(後悔していた)描写がされています。
だけど、相手に言葉を伝えず、独白で終える。聞いているのは隣にいるひかりだけ。
これは1回目の「無言で逃げた」との変化が小さく、中学生のひかりよりも幼い行動に映ります。
松永さんはそういう人なのでしょうが、現状維持し過ぎている気がしました。
この瞬間はスッキリしたかもしれないけれど、またモヤモヤとした日々を過ごすのでは…と思いました。
卒業証書の意味合い
意味もなく渡しているかも知れませんが、流れから「大人になった」という「肯定」を示すアイコンになっています。
3回目の変化しない(後退にも見える)行動を肯定するの?という疑問が湧きます。
2回目のひかりの行動を経て、主人公に変化が起こり、3回目は主人公と思えない行動を起こす。
3回目の変化した行動(成長≒新しい自分)を肯定するアイコンとして卒業証書を渡す…の方が流れがスッキリするかと思います。
起承転結
今の作品は起承承結に見えます。それがだめだという話ではないのですが、ちょっと意地悪な言い方をすると「自分からは動かないくせに、他人には期待する主人公」に見える危険性を孕んでいます。
3回目の行動を変化させたら「転」が出来、卒業証書をもらう「結」が落ち着く気がします。
感じ方は人それぞれ
ここまでの私の「読み」が当たっていて、草原さんが「主人公の小さな変化を肯定したかった」「そこに共感して欲しかった」のであれば、私が共感できなかっただけ、想定読者から外れていただけの話です。
提出課題への感想
課題として提出されたネームと完成原稿は全て読みました。
良いと思う点
絵が上手いし、魅力的だと思います。特に、キャラクターに目力があるのは強みです。自然と目がいく。
見逃してしまいそうな小さい感情や情景を拾うのも上手いと思います。
ただ、目力があるキャラクターが主人公ではないことが多く、地味なキャラクターを主人公として、小さな感情を描いています。
その部分は草原さんの作品の魅力だとも思うのですが、地味なキャラクターに愛着を感じる、共感できるところまで行ってない気はします。
気になる点
描かれる小さな感情を肯定したいのか、否定して変化(成長)させたいのか、がよく分かりません。
肯定が多い気がするんですが、葛藤を描き切る前に、さっさと肯定・否定している感があります。
今の自分を一旦否定し成長した上で、肯定した方が、読んでいる方は気持ち良いです。
読者の期待(想定、想像)をいかに裏切るか?が作品の面白さの源泉だとも思います。
好きな作品
私が好きなのは『トンボのソラ』です。ちょっと繋がらない感もありますが、描きたかったであろう感情は伝わって来ました。
気になる作品
雰囲気は好きだけど、キャラクターの心理変化が分からないのが『ラプンツェルは、今日』。髪を切るのがハイライトですが、前後の感情の変化がよく分かりません。
主人公は「元ネタがラプンツェルだから」髪を切っているように見えます。
タイトルがラプンツェルだし、家から出るから髪を切るってことかな…?でも爺ちゃん体調悪そうなのに出ていくんかな…??みたいな。感情として、しっくりこない。
私は、「髪を切る」という行動で多くの人がイメージするのは「失恋」のように思うんですね。だから思い切って恋愛モノにしちゃっても良かったんじゃないかしら…。とか。
爺ちゃんが初恋の人だった…という話なのか、爺ちゃんを家族として愛していたけど家を出る(でも入院してるのに放って出てくの?とツッコミたくなる)という話なのか、爺ちゃんが余命僅かなので無理やり離れないといけない寂しさ…なのか。気持ちがよく分からないなあ、と思いました。
師走の翁さんが「共感性」について話してましたが、行動から想起するイメージをもうちょっと掘り下げた方が良いような気がしました。
トーンのこと
他、気になったこととして、影をチェックのトーンで表現するのは悪くないですが、ちょっと邪魔のように感じます。
やりようによってはオリジナリティが出ると思うのですが、草原さんの漫画は絵の存在感が強いので、情報過多な感があります。(これ、ただのモアレだったらすみません。)
フィールヤングのこと
目標の雑誌が「フィールヤング」とのことでしたが、編集担当のシュークリームさんは常時持ち込みの受付をしているので、作品を見てもらえば良いんじゃないかな、と思いました。
女性誌について
個人的に女性誌はハイレベル過ぎで新人が育ってる感が薄いので、新人作家が志すのに向いているのかな?と思いました。
「flowers」とか、岩本ナオさん、ヒガアロハさん、穂積さん、を育ててますが…(みなさん、何らかの賞を獲得している)
そのレベルじゃないと30年以上のキャリアがある作家さんに混ざってレギュラー連載は得られない状況です。
「フィールヤング」は安野モヨコさん、南Q太さん、おかざき真里さん、ヤマシタトモコさんなどが才能を開花させましたが、皆さん、それぞれ他誌で活躍していたうえで移っているので、新人として育ったわけではない。
個人的には男性誌の方が漫画家を育てている気がします。他はBL、エロ系。
山下和美さんのように、男性誌である「モーニング」に移ってから活躍することもありますし、講談社の「四季賞」とか「ちばてつや賞」とか、雑誌「ハルタ」とか。青年男性向け雑誌に応募した方が、成長できる環境を得られるのではなかろうか、と思いました。
現在、女性受けが良い作品
この辺の作品は読んだ方が良い気がします。今も評価が高いんですが、単行本になる前から話題になってました。
コナリさんも鶴谷さんも、「地味」と言われて来たであろう作家だと思います…。
方法、タイプは違いますが、小さな心の動きを切り取る、描くのが上手い方たちです。
草原さんは絵を描く力があるので、森薫さんみたいに「好きな世界をとにかく描いていく」方向もいけるような気がします。
キャラクターも含め、生物をいきいきと描く力が高いので、好きなものを描いただけでも読者の目を引き付けることは出来る気がしました。
師走の翁さんが勧めていた、ヒロユキさんのこの本は納得感が高かったです。
KindleUnlimited対象。
まとめ
草原さんの作品は漫画として成立しています。
「私、この雰囲気好きです」と言われて、雰囲気漫画の状態で満足して終わらないと良いな、と思いました。
もっと多くの人、大衆に受け入れられる作品が描ける方だと思うので。
何かの参考になれば嬉しいです。
それでは~