※注意※
『3月のライオン』と『ハチミツとクローバー』のネタバレばりばりです。
作品や作者を否定していませんが、書いてる人は36歳の既婚者・2人の子持ち女性ですので、若人の夢をぶち壊すかも知れません(^ω^;
『3月のライオン』10巻を1回目に読んだとき、訳が分かりませんでした。
色々な言い訳をしているけど、零くんはひなちゃんに、ひなちゃんのお父さんと同じことをやってる。なんだこれ?どうすんのこれ?…と思いました。
でも、読んだ人が口にするのは新キャラであるお父さんへの怒りと、零くんのプロポーズに対する賞賛。
あれ?そうなの?と思い、作者の過去作であるハチクロを読み直してみたら、10巻は伏線回のような気がしてきました。
私と同じで10巻を読んで失望した人がいたら、伏線いっぱい敷いてあるので、11巻以降に期待してほしいです。
※ハチクロ→『ハチミツとクローバー』
感想
『ハチミツとクローバー』のラストを振り返って
ハチクロ、読んでない人もいるかと思うのですが、説明すると長くなるので今回の話に関係する要点だけ書きます(9、10巻です)。
主人公の女の子・はぐみは、芸術に関して稀有な才能の持ち主です。神の声を聴いて「絵が描けなくなったら命を返す」といった約束をしている
物語のラスト、はぐみは好きな男(森田)の手を振り払い、一緒に作品を作る為のパートナー(花本先生)を選びます。
一貫して「作品を描きたいから一緒にいて」「作品を描きたいから貴方の人生をください」と言っています。好きだからではない。
連載当時は、はぐみのこの台詞に違和感を感じた人も多いかも知れません。
はぐみと花本先生の選択については、真山が解説しています。作品の中で、はぐみは「やりとげねばならないモノ」を持って生まれた人間として描かれてきました。
ハチクロは、女性(はぐみ)が、恋愛(=森田を選ぶこと)ではなく自分の野望(絵を描くこと)を優先し、男性(花本先生)が、自分の仕事や一般的な恋愛ではなく、女性の才能(仕事)を優先する物語なのです。
甘い絵柄に騙されそうですが、描かれたのはお姫様でも、白馬の王子様でもなく、自立した男女。少女漫画のセオリーをぶった切った野心作なのです。
ちなみに、はぐみが森田をふると決めたのは、この言葉のせいだと思います。
ぱっと読むと、情熱的な愛の告白に見えます。
しかし、命をかけて絵を描くと決めた、はぐみに対して「絵を描かなくて良い」と言うのは「お前がただの人形でも好き」みたいな、空っぽの言葉なのですよね。
森田がこの場面で「手が動かないなら、口や足を使って描け!!」と言えたなら、2人は結ばれたかも知れません。才能がある同士なので(花本先生と歩む人生よりも)衝突や葛藤がありそうですが、幸せになれたとも思う。
私は『ハチミツとクローバー』という物語を、そんな風に解釈しています。
連載当時は「はぐちゃんは森田と竹本君、どっちとくっつくの!ドキドキ!ワクワク!」…などと思っていたら、ダークホースな花本先生がかっさらうという衝撃的なラストにショックを受けましたが…。
私は森田とくっついてほしかったんですよ。でもあの言葉は無いわ〜(^_^;)。
『3月のライオン』10巻のあらすじ
身勝手なお父さんが突然現れて
零くんがひなちゃんにプロポーズします。
10巻のラスト、先生のこの台詞をどう解釈するか?
先生としては「他人の気持ちを考える人間」は零くん、「何も考えてない人間」はお父さんを指しての言葉です。零くんは勝ち目がないと言っているように読める。
しかし私はこの台詞を作者の目くらまし(伏線)だと思っています。
お父さんは身勝手な人なのか?
漫画に描かれる、主人公・零くんの視点や、周囲にいた伯母さんやあかりさんの見え方では「身勝手な人」ですし、イヤな人です。正直、得体が知れない。
あかりさんも、伯母さんも、零くんも。
「お母さんの」身内であり、味方です。ネット上で調べ上げた事実を元にお父さんを悪く解釈するのは、当然でしょう。悪感情が先に立ってるから、良い情報があっても拾わないんじゃないかな。
10巻では目の前のお父さんにビクついていたひなちゃん。実は9巻に「お父さん」を回想した場面があります。
文字列は遠く離れているものの、亡くなったお母さん、おばあちゃんを思う流れで思い浮かぶ存在。
ひなちゃんにとってお父さんは、死者と変わらない存在だったのか。それとも父への愛情を示したコマなのか。
お父さんという文字が背景の川を挟んで置かれるので、心の距離は遠いようですが、ひなちゃん自身のお父さんへの愛情はあるけど、あかりさん達に遠慮してるのでは?と予想しています。伯母さんが見てる姿と、ひなちゃん自身の胸の内は違うと思う。
ところで、本当に「お父さんが悪い」のかなあ?「何も考えていない」のかなあ?
ひなちゃんのお母さんの接し方に問題が無かったかどうかなんて、当事者であるお父さんにしか分からないことです。
お母さんが、お父さんのプライドをズッタズタにタタキ切るような一言を口にしたかも知れない。傷つけるつもりはなくても、大事にしているつもりでも、一方的に「想い」を押し付けて傷つけることは、ある。
(例えばハチクロの森田みたいに。)
当事者同士にしかわからない夫婦の物語が、当事者不在のままに紡がれる不可解さ。
「子ども想いのお母さん」「親想いの娘」「姉想いの妹」が、「夫にとっての最良のパートナー」であるとは限らない。
個人的には、このコマが気になります。
お父さんはお母さんに「いるだけで良い」とは言ってもらえなかったと感じている(だから他所に居場所=別の家族を作った)。
家族の為に働けなかったお父さんが悪いのかな?
プロポーズの必然性
ひなちゃんの恋愛対象って、高橋君でしたよね。最初は恋に憧れる感じだったし、熱さは無いけど恋だったと思います。
3月末、高橋君は野球をする為に四国に行きました。ひなちゃんは髪を切って想いに一区切りはつけたようです。
10巻は6月の物語。高橋君が四国に行って3か月後です。
ひなちゃんは、まだ高橋くんのことを忘れてはいないでしょうし、零くんはそれを踏まえて、積極的・直接的なアプローチも控えているように見えました。
お父さんにハッタリを効かせるとしても、空気が読めなくても。ひなちゃんの気持ちを考えたら、あの場面でプロポーズをするのは不自然です。
自分が家族的な好意を持つ男性にプロポーズされる。私なら気持ち悪いです。自分が略奪にあったような気持ちになる。
(正直に言うと、『ハチクロ』ラストで修ちゃんがはぐみに恋愛感情を示すのも気持ち悪かったです…。パートナーシップそのものは理解しますが。)
私には「零くんがひなちゃんの気持ちを考えてない(自分の為にプロポーズした)」ように見えます。
零くんが「好き」ではなく「結婚」を口にした理由
作中に描かれたあかりさんや伯母さんの解釈を元にすると、零くんは「ひなちゃんが好き」という気持ち以上に、「ひなちゃん達と家族になりたい」と思っているようです。これが好きと告白するのでなく、プロポーズになった理由な気がしています。
「ハチクロ」のはぐみの台詞に似せると、「家族になりたいからひなたさんと結婚する予定です」と言っている。
零くんの気持ちや願望は否定しませんが、家族になりたい時、婚姻関係(契約)を結ぶ必要はあるのでしょうか?
家族になるって、どういうことでしょう?結婚という契約(血縁)を結ばないと家族になれないものなのか?契約を続けていれば家族なのか?
今回登場したお父さんは、モモちゃんが産まれて5年も姿を現さず別の家族を作った人。関わりたく無いけど契約(血縁)上は家族だから、面倒なことに陥っている。
零くんは何故、ひなちゃんを苦しめている結婚という契約(血縁)を、彼女に求めるのでしょう?
家族と結婚(血縁、契約)という常識は、今回描かれるテーマの一つ思います。
棋士の家族になること
『3月のライオン』では、色々な家族の姿が描かれます。
例えば零くんの養家。棋士であるお父さんと、後悔を覚えるお母さんと、将棋に振り回された香子や弟。バラバラになった家族。
作品に登場する棋士は家族の協力を得て、もしくは家族を犠牲にして、ボロボロになりながら、将棋を指し続けています。
零くんも、才能がある棋士。そんな零くんの家族になるって、どういうことなのでしょう。
ハチクロのラストではぐみは、自分が歩む道が花本先生の人生に与える影響を考え、伝え、覚悟を決めてからプロポーズしていました。
零くんはどうでしょう?
「ひなたさんとの結婚を考えています」「ひなたさんと家族になりたいです」
一見、美しい言葉。しかし、現実を見ていないようにも見えます。
「他人の気持ちを考えている」と言いながら、ひなちゃんの将来を一切考えていない、この感じ。
若いから大丈夫なのか。愛があれば大丈夫なのか。
あかりさんや、ひなちゃん、モモちゃんと今現在はうまくいっている。だから大丈夫なのか?
で、あるならば、作中に描かれる他の棋士の家族も、うまくいっていて欲しいんだけどなあ。
※作中では、暗示的に「棋士の家族」を暗く描いていると思うのですが、不幸でない(幸せな)家族も描かれています。
プロポーズした零くんは、ハチクロのラストの森田と近い状態。一見、愛情深く見えるけど、相手の気持ちを無視した言葉を口にしている。
自分の才能が家族を犠牲にする、苦しめる可能性を見ていない。
ひなちゃんのお父さんとお母さんの関係が壊れた原因にも、そういう「一見、愛情深く見えるけど相手の気持ちを無視した言葉」(出来事)が有るような気がします。
ハチクロと同じ場面を描いてる
「才能を持つはぐみが、突然、花本先生にプロポーズした」ハチクロと、「才能を持つ零くんが、突然、ひなちゃんにプロポーズした」3月のライオン。
ハチクロの最終回が発表された2006年当時、非難と困惑の声ごうごうだったと記憶しています。
『3月のライオン』の10巻が発売された2014年は、賞賛の嵐でした。(私が見かけた批判意見は、Amazonで星2の人くらい…)
性別が逆だと世間の反応も逆なのは、不思議ですね。筋が通った誠実な行動をしたのは、むしろ、はぐみの方なんですが。
こういった、読者が持つ「常識」やそれによる「錯覚」を、これからどう料理してくれるのか。楽しみですね。
作者は意識的に描いている(と思う)
零くんのプロポーズ場面と、お父さんが語る場面。
誠実そうに見える言葉と表情、同じ「横顔」(反対側の顔は見えない角度)。
作者の羽海野さんは、お父さんと零くんが、同じように「家族を困らせる選択をしている」と分かった上で、この漫画を描いてると思う。
零くんは直後に正面の顔が出てるので、意図的ではない(考えていない)。
でも、お父さんは少しづつ正面の顔が見えていく上に、読者と目が合わない。
お父さんは考えている。それは自分勝手に見えるかも知れないし、相手を思いやってないように見えるかも知れないけれど。考えては、いる。
つまり、漫画を読み解くと「何も考えてない人間は零くん」になる。
先生の言葉が示すのは、最後に勝つのは「何も考えてない」零くんだという事実。読者のツッコミを待っている気がしています。
羽海野さんのカメラワーク(ネーム)、細かく見ると恐ろしいですよ。お父さんが気持ち悪いのは、読者が不信感を抱くようにカメラが向けられてるからです。
先生の台詞が示唆的であることも含め、かなり計算づくで描いていると思う。
また、上でいくつも指摘しましたが、今回のライオンは、ハチクロと重なる部分が多いです。同じテーマを別の切り口で描こうとしてるように見えます。最終回から8年が経った2015年。どんな物語を紡ぐのか。
まとめ
産後クライシスに苦しみ、乗り越えた人間が読むと、『3月のライオン』10巻はこう見えるのよ!全くウキウキしない!(笑)
11巻以降、零くんとお父さんの2人は合わせ鏡のように描かれ、最終的にはお父さんの評価も、零くんの評価も10巻時点とは全く違うものになる筈です(・ω・)<多分ね
作者である羽海野さんが考える「家族」の形とはどういうものなのか。
最難関とも言えるテーマに踏み込んだ。長年ファンをしている身としてはこの先の展開が楽しみです。
2018/12/26追記
古くて長い感想を読んで下さってありがとうございます。14巻が発売されたからでしょうね。
14巻の感想をつらつらと。作品に批判的な意見となるので、好きな人はそっ閉じしてください。
10巻の感想を書いた時点では期待していましたが、ひなちゃん達のお父さんの描写に関しては期待を大きく裏切られた恰好で…。『3月のライオン』は10巻あたりからずっと迷走してる気がします。
最近は、零くんのお節介が気になって仕方ない💦
注意しないで乗っかるだけの大人たちの態度も気がかりです。キャラが崩壊してると思います。
幸せであるかどうかは本人が決めること、本人が選ぶ道であって、誰かに御膳立てしてもらうものではありません。
例えば「あかりさんとひなちゃんとで和菓子屋を継ぐ」でも良いのでは…?
零くんがタイトル戦の途中でその和菓子を食べて話題になったりとか。
それは恋愛関係や婚姻関係が無くても成立する世界です。
幸せの為にはカップリング…と考えて行動している零くんもひなちゃんは、子どもだから仕方ないかも知れない。でも、大人達がそれを良しとして、先生と生徒、師匠と弟子といった関係性を超えたぬるい仲間関係を維持するのは違うと思います。
林田先生と島田さんのキャラ崩壊が止まらなくて泣けるし、羽海野さんの作品世界では、周囲に配慮できる女性が、急におぼこい、恋愛に鈍感な少女になり下がるのが気になります。
上述した通り、女性だと一般的に「幸せ」と思われる恋愛結婚以外のルート、生き方、幸せもある。…てことを描いたのが『ハチクロ』だった筈で。
そこから12年も時が流れたのに、描かれる女の幸せが結局、夫婦、結婚っていうのは、正直、辛いです…。
編集者も甘いと思います。ヒット作、稼ぎ頭な作品とは思うけれど、指摘して方向修正させるのも仕事では…。
最後まで付き合う予定ですが、この調子だったらリタイアもあり得るかな…と思いながら読んでます。
キャラクターの心情や矛盾点に目を向けず、単純にグルメ漫画的に、描かれた瞬間瞬間を楽しめば良いんだろうなあ…。分かってる…。
ハチクロの番外編
14巻発売に合わせて、単行本未収録の短編2作が発売されました。
販売は電子書籍のみです。1作97円。
ひとつは商店街のパン屋・一平さんと、あゆとの物語です。
もうひとつはあゆと野宮さん、真山とリカさんの物語。
番外編には、竹本くんと森田さんが出ないのがちょっと残念ですが懐かしい雰囲気で面白かったです。
…正直、(2000年代に描かれた)番外編で留めておいて欲しかったな…。私は。伏線回収とか知らんがな…。
森田さんについては、羽海野チカさんがInstagramでイラストをUPしております。