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【番外】コミックエッセイと創作漫画の違いについて考えた

投稿日:2014年12月24日 更新日:

この記事を書いていて思ったことです。興味のある方だけどうぞ。

日経DUALで岡山進矢さんの『初めまして、パンダ親父です』が始まりました~2児の父親による半創作の4コマ漫画

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コミックエッセイと創作漫画、半創作漫画

体験を元にした漫画と創作育児漫画の違い

「育児漫画目録」では、「創作」と「コミックエッセイ」をはっきり線引きして紹介するようにしています。

一覧にまとめているのは、コミックエッセイ(作者の体験を元にした漫画、ノンフィクション)です。

『私がママよ』は半創作漫画。作者自身の育児体験を元にしていますが、キャラクター設定などは現実の作者とは別です。

『赤ちゃんの僕』や『学園ベビーシッターズ』『甘々と稲妻』、『ベビーシッターギン』『ぽっかぽか』『37.5℃の涙』などは「創作漫画(フィクション)」です。
例えば『赤ちゃんと僕』は作者の羅川さん自身が6人兄妹の1人として弟や妹の面倒をみながら育った体験を元に描かれています(だから、親子ではなく兄弟の視点が多いのではないかと思います)が、拓也も実も春美パパも実在しません。羅川さんが作ったキャラクターです。

体験を描いた漫画=事実なのか?

私が心配しているのは、読者が増えるのに伴い「体験を描いた漫画」の意味を勘違いする人が増えること。
育児漫画を読む人が多くなると、作品と作者を繋げて考えて、漫画に描かれている全てが事実だと勘違いする読者も現れるでしょう。

かくいう私も、「作品に描かれる作者」と「実際の作者」を混同する部分が多々ありました。

作品内で描かれている「作者」というキャラクターと、現実に生きる作者は違います。
例えば、テレビで観る「アイドル」や「俳優」と近いと思います。本人だけど、本人じゃない。

冷静に考えると「当たり前」のことですが、漫画は感情移入をしやすいこともあり、作者と作品を切り分けるのは難しいと感じています。

過去に『私たちは繁殖している』の内田春菊さんは「私と言うフィルターを通したのだから、実体験を描いているけどフィクションだ」(意訳)と語っていました。
『赤ちゃんのドレイ。』の大久保ヒロミさんもインタビュー記事の中で「全くそのままの自分を描いている訳じゃなく、ちゃんと漫画として昇華させて描いてる」と話しています。

私もブログを書いていますが、ネットの世界で発言している「まつび」は、現実世界に生きる「まつび」のある側面を切り取ったものです。
現実の私を漫画で例えると『海月姫』の千絵子さんと、『フラワーオブライフ』の山根さんの2人は、自分にそっくりだと思います。

話がずれましたが。育児漫画はあくまで「エッセイ」。作者の体験を元にしてはいますが、ある意味では「創作された」物語だと思って読んでいます。

きっかけとなった日経DUALの記事

今年の10月に、コミックエッセイ劇場を手掛けるKADOKAWAの松田紀子編集長と日経DUALの羽生祥子編集長による対談「賛否両論!「ぼんやり離婚願望主婦」ココロの内」を読みました。2人とも、私が好きなサイトの編集長です。

対談の中で

羽生:そもそも出版のきっかけは何だったんですか。

松田:結論の出ない内容にモヤモヤする様子をコミックエッセイ化できないかと思いまして。

…という会話があります。これにひっかかりを覚えました。

私の推察としては、KADOKAWAの松田編集長は『働きママンシリーズ』などの半創作漫画も含め、「MFコミックエッセイ劇場に関わる漫画」を全て「コミックエッセイ」と呼んでいる気がします。コミックエッセイ=漫画、くらいの勢い。編集部内で日常的に使っている表現なのではないかと。
しかし、受け手の日経DUALの羽生編集長は、そもそも「コミックエッセイ」という言葉になじみがない。専門家である松田編集の言葉を「そういうもの」と素直に受け取って、記事にしているようです。

私はこんな風に解釈したのですが、ここまで考えないと思うんですね。さっと読んだ読者は、勘違いすると思う。
言葉は変化するものなので、「ら抜き言葉」のように発音に引きづられて変化した言葉は仕方ありません。

しかし、今回は「意味を間違えた」状態。これを放置すると、間違った意味のまま伝播、浸透していきます。

私がインタビュー記事に感じた「危うさ」を伝える為に例え話をしますと。

「西遊記」の登場人物の1人、玄奘三蔵は実在した人物であり、旅をした地名なども実在している。
物語を書いたのは別の人だけど、現実にあったことをベースにしているから、「西遊記」はエッセイ(随筆)だ!

これは、真でしょうか?偽でしょうか?

エッセイ(随筆)と創作の違い

エッセイ(随筆)と創作の違いって何でしょう?

goo辞書によると「随筆」とは、

自己の見聞・体験・感想などを、筆に任せて自由な形式で書いた文章。随想。エッセー。

はてなキーワードによると「エッセイ」とは

エッセー 【(英) essay; (フランス) essai】
形式にとらわれず,個人的観点から物事を論じた散文。また,意の趣くままに感想・見聞などをまとめた文章。随筆。エッセイ。
ある特定の問題について論じた文。小論。論説。

乱暴にまとめると、「作者自身の体験が元になっている」ことが重要なポイントです。
日経DUALの記事を素直に読んで、野原広子さんの作品を(創作と言わずに)「エッセイ」と呼んでしまうと、「西遊記」もエッセイと呼べます。

発信元が意図した言葉と、受け手の解釈が違うことは、お分かり頂けると思います。

「勘違い」が積み重って、別の問題を産む

ちょっと前に『江戸しぐさの正体』と言う本を読みました。
更に、脅し系ナチュラルについての記事も読みました。

そして、私がどうにかしたいと考えている「母乳信仰」の一端を掴んだような気もしました。

今回の件も含めてみんな似た構造なのですが、「ちょっとした勘違い(思い込み)を放置した」ことがきっかけになっていると感じます。
分かりにくいと思いますが、多くの問題は根っこに「言葉」があります。言葉を丁寧に使うことは、大切なことです。

こういうちょっとした積み重ねが、最終的に、学校のテストの「こういう状態」に繋がる気がしています。

すっかり忘れていましたが、「育児漫画目録」を始めた頃から「コミックエッセイの定義」について考えていたようです。
2013年5月にこんな記事を書いてます。→【日記】コミックエッセイ、というジャンル

個人的に「コミックエッセイ」は伸びしろのある漫画のジャンルだと思っています。だからこそ、お客様に変な誤解を与えずに、まっとうに育ってほしいと願っています。

漫画やブログ記事で情報を発信したり、漫画やブログを読んでいる皆様も、ちょっと立ち止まってご一考頂けると幸いです。

***

余談というか、ちょっと愚痴です。
この記事、最初は日経DUALに「記事の表現がおかしいですよ」と書いて、お問い合わせフォームから送りました。

その後届いたメールを見て、驚きました。コピペのテンプレ文章が「回答」なのですね。
回答が回答になってないから、手を加えて記事として公開することにしました。せっかくなので、他の方の参考になれば。

過去にいくつかの出版社にクレームというか、明らかな間違いを間違いであると伝えましたが、全て、回答なし。スルーされました。日経DUALは回答が来るだけマシなのかも…?

私が知っている「クレーム対応に関する常識」の方が、もしかして一般とはズレてるのかも知れません。クレーム対応をきっかけにファンやリピーターになるお客様も多かったですし。

良い勉強になりました。

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